「ユーザーイリュージョン−意識という幻想」

ユーザーイリュージョン―意識という幻想

ユーザーイリュージョン―意識という幻想

「ユーザーイリュージョン−意識という幻想」(トール・ノーレットランダーシュ著、柴田裕之訳)、読み終えたので、感想をまとめておく。
読んでみると、この本は、情報の重要さは捨てた量にある、ということを軸として、意識に留まらず、様々な分野の根底にあるものをまとめたものだと解った。まさに、世界の仕組み研究所でやろうとしていたことだ(そのつもりなんだよ)。
一般の人向けに書かれているのと、書かれた時期が古いということがあって、説明が簡略化されていたり、考えられる反論が書かれていなかったりするけど、それは大した問題じゃない。この見方が、如何に重要かが分かればいい。
この本でもさんざん紹介されているように、意識の決定権はごくわずかで、制御できないものの方が重要だという見方は古くからある。身にしみて感じている人は結構いるだろうから、別に新しい発見というわけではない。しかし、その系譜をまとめるものの決定版として、この本は薦められるものだと思う。
さすが物書きというか、話に筋が通っていて、楽しく読めた。最初にマクスウェルが出てきて、その登場に疑問を感じたけれど、最後まで絡みがあって、読み終えたときには納得がいった。


この本は人工知能の研究に役立つのではないかと思って読み始めたけれど、その内容は世界の仕組みの研究に関連するものだった。この二者は密接に関わっているので、あまり分けて考えない方がいいけれど。この本を受けて、世界の仕組み研究所の方も少し書かなくちゃいけないな。この本は物語、何があったのかが書かれていて、何をすべきかについては考えさせるようになっている。ということで、解答編を書く余地がある。世組研としては、それに答える必要があると思う。書きたいことが上手く書かれていて、最初はまいったなと思ったけど、まだまだ書けることがあるようだ。上手く書けるか知らないけど。


最後に一つ、突っ込みたいことがある。デンマーク語のhyggeという言葉、翻訳不能としているが、聖徳太子の「和をもって尊しとす」にある、「和」が結構しっくりくると思う。構えず自然体にいれば、難しい問題も上手く解けるのだ。